ダブリンの見どころ<北界隈・ダブリン歴史エリア(1)>
DUBLIN


Dublin North Historic Areas
ダブリン歴史エリア
12世紀にノルマン人に「ディフリン」を奪われたバイキングはリフィー川北岸に移り、やがてケルト人と融合していった。聖ミッチャンズ教会はバイキングが建てた教会。伝統的な馬の売買が行なわれるスミスフィールドは第二のテンプルバーとして開発が進められている。


The Four Courts
フォーコーツ (87)

リフィー川北岸の優雅なジョージ王朝建築のフォーコーツはカスタムハウスと同じジェームス・ガンドンの設計で、6年の歳月と20万ポンドを費やして1802年に建てられた。円柱で囲まれた緑色のドームが印象的でリフィー川のどこからでもよく見えダブリンのランドマークのひとつ。屋根の上の3体の像は、立法者モーゼ(Moses)、正義の女神ジャスティス(Justice)、慈悲を象徴するマーシー(Mercy)。

フォーコーツは、1922年4月14日、イギリス・アイルランド条約に反対するアイルランド共和国軍が建物を占拠し総司令部とした。6月28日、自由国政府側のアーサー・グリフィスとマイケル・コリンズが攻撃を開始し、3日間の戦いの後、降伏する直前に共和国軍は建物を爆破、ドーム、東ウイング、西ウイングが瓦礫の山となった。その時の火災によって隣接する公文書オフィス(Public Records Office)が焼失し、12世紀からの文献、遺言書や権利証書など多くの貴重な資料が失われた。アイルランドはその後内戦(市民戦争)となった。
建物は1932年に修復され、現在は高等裁判所、最高裁判所、地方裁判所


123. マシュー神父橋(Father Matthew Bridge)
フォーコーツの前、マシュー神父橋がある辺りは、6世紀ごろにケルト人の集落‘オウクリア(Ath Cliath)’があり、浅瀬に橋がかけられダブリンの北部タラと南東地方を結んで交易が行われていた。1214年にアングロノルマン人が同じ場所に橋を作り、1678年にエセックスブリッジ(現在はグラタンブリッジ)ができるまでリフィー川唯一の橋であった。現在の橋は1817年に作られたもの。
フォーコーツ
Inns Quay, Dublin 8
TEL: 01-8725555
■開館:月〜金曜日9:30〜12:30と14:00〜16:30
■アクセス:トリニティカレッジから徒歩約18分/バス(No.25、25A/MIDDLE ABBEY STREETから、68、69、90/ASTON QUAYから:MERCHANTS QUAY下車)
■ドームのあるセントラル ウエイティングホールは
見学可能。
裁判が行なわれている法廷では傍聴することができる。法廷の後ろの扉から入って傍聴席に座る。

バリスター(上級弁護士)は伝統的なかつらと黒い法衣を身につけている。

フォーコーツ(4つの法廷)は伝統的なアイルランドの司法システムの4つの部門である、「高等法院の大法官庁(Chancery)」、「高等法院の王座部(King's Bench)」、「財務裁判所(Exchequer)」、「民事訴訟裁判所(Court of Comon Pleas)」を意味する。



Ormond Quay
オーモンドキー (88)

オーモンドキーローワー(Ormond Quay Lower)には骨董品店や17〜18世紀の家屋をそのまま利用した店が並ぶ。川沿いの開発は17世紀末から始まり、オーモンド公爵の希望で家屋は川に面して建てられた。
アイルランドに好意的だったオーモンド公爵は総督を2期(1662年〜69年と1677年〜85年)務め、度重なる戦争で傷ついたダブリン市民を勇気づけるため文化を奨励し街並みの整備を行った。クロムウェルがアイルランドに進出していた間はフランスへ亡命し、その時大陸の都市開発に感銘を受け、ダブリンに戻ってすぐにダブリンの開発に取り組んだ。北岸に沿って道路を作り、川に面して家屋を建て、パリのアンバリッドを参考にしてロイヤルホスピタルキルメイナムを建築した。このリフィー川北岸の開発によって川に平行してマーケット地区が広がった。

89. ケイペル通り(Capel St.)
18世紀末にダブリンの中心がオコンネル通りに移されるまで、北界隈の中軸であったケイペル通りはオーモンドマーケットの人々 − プロレタリア階級が集う通りで、現在もその当時の名残りで多数の道具店や建築資材屋、古いカフェが並んでいる。
オーモンドキーローワー
ケイペル通り
■アクセス:トリニティカレッジから徒歩約10〜15分




St Mary's Abbey
聖メアリー修道院 (90)

ケイペル通り(Capel Street)を西へ曲がるメアリーズアビー通り(Mary's Abbey)にある路地ミーティングハウスレーン(Meetinghouse Lane)に教会会議室(チャプターハウス)の一部だけが残された聖メアリー修道院がある。
聖メアリー修道院は1139年にベネディクト派の修道士によって建てられ、8年後にシトー会に譲り渡された。ヘンリー8世の宗教改革で1539年に没収、解体されたが、それまではダブリンで最も大きく重要な修道院の一つで、広大な土地を所有し、この修道院を中心とした大きな村があった。
このチャプターハウスで、1534年にキルデア伯爵がヘンリー8世に処刑されたことを知った息子トーマス・フィッツジェラード(Silken Thomas Fitzgerald)が王に対する忠誠を捨て反乱の計画をたてた。

修道院が解体された後、17世紀にはこの場所は石切り場となり、建物の石はエセックス橋(Essex Bridge)(1874年にグラタンブリッジに再建)の建築に使われた。
聖メアリー修道院
Meetinghouse Lane, Mary's Abbey St., Dublin 1
TEL: 01-8721490
■聖メアリー修道院見学のウォーキングツアーがシティホール(City Hall)から出発:6月中旬〜9月中旬 水・土曜日10:00〜17:00
■アクセス:トリニティカレッジから徒歩約15分/バス(No.134/MIDDLE ABBEY STREETから:MARY'S ABBEY下車)


St Mary's Church
旧聖メアリー教会 (91)

メアリー通りの聖メアリー教会は1702年に建てられ、この時代の教会では唯一ダブリンに現存するもの。政治家ウォルフ・トーン、チャールモント卿、作家ショーン・オケイシーはこの教会で洗礼を受けた。またアーサー・ギネスとアン・リーは1793年にここで結婚式を挙げた。
教会は1986年に閉鎖され、現在はステンドグラスや教会の古いオルガンなど教会の内装をそのまま残して雰囲気のあるレストランとなっている。
旧聖メアリー教会
Mary St., (at Wolfe Tone St.,)
Dublin 1
TEL: 01-8724088
■アクセス:トリニティカレッジから徒歩約15分

メアリー通り45番地はジェームス・ジョイスが1909年にアイルランドで最初の映画館を開いたところ。


Dublin Corporation Fruit and Vegetable Market
フルーツ&ベジタブルマーケット (92)

ダブリンの公設卸売り市場であるフルーツ&ベジタブルマーケットは1892年に建てられたビクトリア王朝建築の建物で2000年に修復された。レンガやタイルが使われ、正面のアーチにダブリンの紋章がある。30軒以上のくだもの、野菜、花屋の卸売り市場が並び色鮮やか。午前7時から営業を始め、美しい馬具や真ちゅうを身につけた馬が果物や野菜の山車を引く姿も見られる。
フルーツ&ベジタブル
マーケット
Corporation Fruit Market, Dublin 7
■アクセス:トリニティカレッジから徒歩約15分/バス(No.134/MIDDLE ABBEY STREETから:MARY'S ABBEY下車)




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