ダブリンの見どころ<南界隈・ダブリン歴史エリア(1)>
DUBLIN


Dublin South Historic Areas
ダブリン歴史エリア
中世の城壁の外では英国の影響も少なく歴史の古い地域も多い。ダブリン最古の教会、聖パトリック大聖堂は18世紀にジョナサン・スイフトが大主教を務めた。独立までを記録にとどめるキルメイナム刑務所や今や世界のギネスビールのストアハウスも訪問しておきたい。


St Patrick's Cathedral
聖パトリック大聖堂 (43)

聖パトリック大聖堂は「ガリバー旅行記」の作者ジョナサン・スウィフトが1713年から1745年まで大主教を勤めていた。教会そのものがまるで博物館のようにさまざまな記念品が納められている。ダブリンに来た時は必ず訪れたい場所のひとつ。

この場所に最初に教会が建てられたのは450年ころ、聖パトリックがキリスト教へ改宗する人々に洗礼を行なっていた泉の横に木造の礼拝堂があった。川に挟まれた場所にあり‘島の聖パトリック(St Patrick's in Insula)’と呼ばれ、ケルト的なキリスト教の礼拝が行なわれていた。1172年のアングロノルマンのアイルランドに進出によって、最初のアングロノルマン人の大司教となったジョン・カミン(John Cumin/Comyn)はクライストチャーチの建て替えの後、修道院の規範や英国の直接的な影響から離れ、自らの教会を設立するため、管轄外の地域にあった木造の聖パトリックの礼拝堂を引き継ぎ、1192年に石の教会に建て替えた。さらに1212年に
後を継いだヘンリー・オブ・ロンドン大司教によって1225年ごろからおよそ30年かけてほぼ現在の形のゴシックスタイルの教会が完成した。教会である一方、アイルランドで最初の大学(1320ー1520)としても利用された。
16世紀のヘンリー8世の宗教改革で教会の財産は没収、聖書は英国国教会の祈祷書(Book of Common Player)に取って変わった。
1544年に身廊の屋根が崩壊、建物は教会以外の目的にも使用され、およそ300年の間、ところどころを修復しながら状態の悪いまま放置された。やがて1864年に、ギネス家の一人ベンジャミン・ギネスが資金を提供し老朽化した大聖堂の大規模な修復が行われ、クライストチャーチの修復に先立って大聖堂は再建された。長さ91メートル、ミノットタワーは高さ43メートル、アイルランドで最も大きい教会。




1. ボイル家記念碑(Boyle monument/1632)
17世紀の初代のコーク伯爵であったリチャード・ボイルが妻キャサリンのために作った記念碑。キャサリンの祖父ロバート・ウェストンは、1567年から1573年までこの教会の司祭長だった。ボイル家のロバート・ボイルは哲学者と科学者で、ボイルの法則(気体の体積と圧力の関係)を発見した。

2. ケルト模様の石板(Celtic Grave Slabs)
十字架模様のあるケルトの石板はこの教会の横の、聖パトリックが洗礼を行なった泉に置かれていたもの。ケルト模様の刻まれたこのような石は800年から1100年に多く作られ、ダブリンでは32個見つかった。

石板の後ろの壁にはジョン・フィルポット・カラン記念碑がある。ジョン・フィルポット・カランはアイルランド議会の議員でカトリック擁護派として合邦法(アクトオブユニオン)に反対した。また娘のサラ・カランは1803年に蜂起に失敗し処刑されたロバートエメットの恋人だった。

3. ミノッツタワー(Minot's Tower)
アイルランドで最大の鐘が納められている西塔、ミノットタワーは1370年にミノット大司教によって再建された。高さ43メートル、壁の厚さ3メートル、さらに1749年につけ加えられた31メートルの尖塔がある。大時計はダブリン最初の公共の時計として1560年に設置された。

4. 北側廊(Nortth aisle)
聖パトリック会の初代会長バッキンガム候、作曲家であり「アイルランドの最後の吟有詩人」と言われた盲目のハープ奏者カロラン (Turlough Carolan)の記念碑、ダニエルオコンネルを擁護しカトリック解放に奮闘したアイルランド首席裁判官ジェームスホワイトサイド、聖パトリックの像他。

5. 北翼廊(North transept)
ユグノーベル(ユグノー派の難民が17世紀から19世紀始めまでこの教会の聖母礼拝堂を利用していた)、ベンジャミンギネスの記録帳、スウィフトの聖杯のレプリカなど。 一方には英国陸軍のアイルランド連隊 (Irish Regiments) の旗、第一次世界大戦で命を落とした50,000人のアイルランド兵の戦没者名簿がある。

6. 聖歌隊席(Choir)
1869年まで聖歌隊席は‘聖パトリックの騎士団’の任官式に使われた。聖パトリックの騎士団は1783年にジョージ3世国王によって結成され、当時の騎士団の剣や旗、紋章が飾られている。また1432年に聖歌隊学校を創設したタルボット大司教の墓と記念碑がある。1742年4月にヘンデルがダブリンで“メサイア”の初演を行った時、聖パトリック大聖堂の聖歌隊はクライストチャーチの聖歌隊と合同で参加した。
聖歌隊の北側に設置されたアイルランド最大、最高を誇るパイプオルガンはヘンリーウィリスが1902年に製作したもの。

7. 聖母礼拝堂(Lady Chapel)
フランスからユグノー派の難民がダブリンに逃れて住み、1666年から1816年の間、聖母礼拝堂をユグノー派の礼拝所として使った。
また、背もたれの高い椅子はボイン川の戦いで勝利したウィリアム3世国王が1690年7月6日に礼拝に参加した時に座ったものと言われている。

8. 南翼廊(South transept)
大聖堂の隣に図書館を作った大司教マーシュの像や、ケルト模様が刻まれた2つの石板が置かれている。壁の角にある小さい記念碑はスウィフトの忠実な従者であり、1722年に29才で亡くなったアレクサンダー・マクギーの記念碑。聡明なアレクサンダー・マクギーに、スウィフト自ら「裁量、忠誠と勤勉を記念して」と言葉をささげた。

9. 南側廊(South aisle)
1973年から74年のアイルランドの大統領アースキン・チルダースと、ゲーリックリーグの創設者でありアイルランドの初代大統領ダグラス・ハイド(アイルランド語で書かれている)の記念碑。1949年のダグラス・ハイドの葬儀では政府の同僚たちは、カトリックに対して忠誠を貫きプロテスタントの大聖堂に入ることを拒んだ。

10. ジョナサン・スウィフト
ジョナサン・スウィフトの説教壇、自筆の本、デスマスクなどが展示され、政治家、作家、大主教、それぞれのスイフトについての解説がパネルで展示してある。壁にはスウィフトの胸像とスウィフト自身が記した碑銘がある(ラテン語で書かれている):
(英語訳)Here is laid the body of
Jonathan Swift, Doctor of Divinity,
Dean of this Cathedral Church,
Where fierce indignation can no longer
Rend the heart.
Go, traveller, and imitate, if you can
This earnest and dedicated
Champion of liverty.
(日本語訳)ここに横たわるのはジョナサン
・スウィフト、
神学博士でこの大聖堂の大主教。
激しい憤りによって
心を引き裂かれることはもはやない。
旅人よ行きなさい。
出来ることなら真似るがいい
最も情熱的で、献身的な自由の勝利者を

11. スウィフトとステラの墓(Swift's and Stella's Graves)
身廊の床のプレートはジョナサン ・スウィフトとスウィフトの人生におけるパートナーであったステラ(エスター・ジョンソン)の墓。スィフトはステラが1728年1月28日に48才で亡くなったとき、教会の窓からステラの葬儀が見えないように、いつもいる自分の部屋から出ていたという。スウィフトは1745年10月19日に亡くなった。

聖パトリック大聖堂
Patrick's Close, Dublin 8
TEL: 01-4754817
http://www.stpatricks
cathedral.ie
■開館:3月〜10月 月〜土曜日9:00〜18:00/日曜日9:00〜17:00
11月〜2月 月〜土曜日9:00〜17:00/日曜日9:00〜15:00
■休館:(ミサのため)クリスマス、1月1日
■アクセス:トリニティカレッジから徒歩約15分/バス(No.50、54A、56A/EDEN QUAYから:PATRICK STREET下車)
■料金:4.20ユーロ/学生3.20ユーロ
■ギフトショップ



現在、聖パトリック大聖堂はクライストチャーチと共にプロテスタント系のアイルランド国教会である。

しかし今日では教派を超えた全キリスト教の教会として礼拝を行なう。


































チャプターハウス/参事会室の扉(Chapterhouse Door) 
もともとは南翼廊のチャプターハウスにあった木製の扉。
1492年に、長く敵対関係にあったキルデア伯爵とオーモンド伯爵がこの教会で出会った時、オーモンド伯爵はチャプターハウスに身を隠した。するとキルデア伯爵は、和解を申し出、ドアに穴をあけ、腕を差し込みオーモンド伯爵に握手を求めた。オーモンド伯爵はそれに応じ2人は和解することができた。扉は「和解の扉」と呼ばれ、このエピソードから"chancing your arm"(いちかばちかやってみる)という英語のフレーズができたと言われている。





Archbishop Marsh's Library
マーシュ図書館 (44)

聖パトリック大聖堂の壁に沿ってアーチ形の入り口のある小さなジョージ王朝建築の建物は、1701年に大司教ナルキッソス・マーシュ(1638-1713)が「すべての学者と紳士のため」に設立したアイルランドで最初の公共の図書館。建物も本の並びも300年以上経った現在もほとんど変わっていない。
大司教ナルキッソス・マーシュは科学者であり、また旧約聖書をアイルランド語に翻訳した学者(そのうち2冊が図書館に残されている)。読書室には16世紀から18世紀の初期までの主に神学、歴史、音楽、法律、古典文学、ギリシャ、ラテン文学、地図など革の表紙の文献が約25,000冊、さらに約300の手書き写本があり、特に貴重なアイルランドの聖人について書かれた文献は1400年ころのもので、それらは図書館が建築された当初の状態で並べられている。
ジョナサンス・ウィフトやジェームス・ジョイスはこの図書館を頻繁に利用し、利用者名簿にはジョイスのサインも残されている。また図書館奥には本棚のある3つの読書室があり、特に貴重な文献が並んでいるため利用者はその部屋の中にいる間は鍵をかけられる。
図書館は今日も学者たちに利用され、通路にはさまざまな本が展示されている。
マーシュ図書館
Patrick's Close, Dublin 8
TEL: 01-4543511
http://www.marsh
library.ie
■開館:月曜日と水〜金曜日10:00〜13:00と14:00〜17:00/土曜日10:30〜13:00
■休館:火・日曜日
■アクセス:トリニティカレッジから徒歩約15分/バス(No.50、54A、56A/EDEN QUAYから:PATRICK STREET下車)
■料金:2.50ユーロ/学生1.50ユーロ

■扉が閉まっている場合は扉の横のベルを押すと係り員が開けてくれる。見学のみで文献は閲覧できない。




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