古代のアイルランド島には様々な種族がつぎつぎとやってきて興亡し、アイルランド人の祖先であるマイリージャ族(ゲール民族)から人間の歴史となっています。アイルランドでは大陸の影響をあまり受けることがなく、独自の神話や伝説が豊かに育まれました。神話伝承の中心となるアイルランドの神々は一時期、アイルランド島を支配し今日でも異郷の神々としてあちらこちらでその足跡を見ることができます。その高度な戦術やたぐいまれな技術を持った偉大なる神々にまつわる英雄伝説も数多く残されています。


アイルランド神話の神々




トゥアハ・ディ・ダナーン(Tuatha De Danann)
ダーナ神族。女神ダヌ(Danu)を母神とするアイルランドの神々の種族で、アイルランドの神話伝承の中心。先にアイルランド島を侵略したネミディア族のうち北へ逃れた人々が数百年ののちあらゆる魔法や技術を完成させ、トゥアハ・ディ・ダナーンとしてアイルランド島にもどってきた。 その時アイルランド島を支配していたフィル・ボルグ族を征服し、さらに怪物の一族フォモール族を倒し、約200年間アイルランド島を支配した後、5番目にアイルランド島にやってきて最後の征服者となったマイリージャ族との戦いに敗れ島を追われる。

トゥアハ・ディ・ダナーンの一族の主な神々はダグダ(Dagda)、ブリジッド(Brigid)、ヌアダ(Nuada)、ルー(Lugh)、ディアン・ケヒト(Dian Cecht)、オグマ(Ogma)、リル(Lir)である。
トゥアハ・ディ・ダナーンには4つの神宝があった。それはヌアダの剣、ルーの槍、ダグダの大がま、そしてファルの聖石。ヌアダの剣は恐るべき力を持ち、それが降りおろされると何人も逃れることができなかった。ルーの槍は無敵で、それを持つものに勝利をもたらす。ダグダの大がまには永久に食物が満たされた。ファルの聖石(トゥラン)はアイルランドの王としてふさわしい人物が乗ると、叫び声を上げてそれを告げた。

トゥアハ・ディ・ダナーンはマイリージャ族との戦いに敗れた後、目に見えない精霊シーとなって丘陵や海のかなたの「常若の国」ティル・ナ・ノーグに逃れた。


ディーナ・シー(Daoine Sidhe)
マイリージャ族にアイルランド島の主権を奪われた後、アイルランドにとどまったトゥアハ・ディ・ダナーンは、丘陵や地下に逃れ妖精族となった。多くの英雄の妖精伝説がここから生まれた。

アイルランドには2種類の種族がいると言われる。それはマイリ−ジャ(ゲール族ー古代ケルト人と起源を同じくする民族)と呼ばれる目に見える種族と、妖精やシーと呼ばれる目に見えない種族である。アイルランドにキリスト教がもたらされた後ディーナ・シーはその重要性を減らし、巨人から最も伝統的とされる妖精の大きさに縮小された。


ティル・ナ・ノーグ(Tir na nOg)
ティル・ナ・ノーグはトゥアハ・ディ・ダナーンがマイリージャ族に島をひき渡した後、遠い海のかなたに逃れ、妖精となって住んだといわれる国。「常若の国」と呼ばれるティル・ナ・ノーグは西の海のはるかかなたにあると言われ、光り輝く国で病も苦しみも老いも死もなく人間たちが永遠に夢見る理想の国。


ダヌ(Danu, Dan, Dana, Dann, Danann, Danae, Danna)
トゥアハ・ディ・ダナーンの母神。ダヌはダグダ、ディアン・ケヒト、オグマ、リル、ヌアダ、ゴブニュなどの母である。またダヌはアイルランドの運命の三女神(モリガン、バブド、マハの三体の女神)を主導する女神。


ダグダ(Dagda, Daghda, Dagde)
トゥアハ・ディ・ダナーンの“大地と父なる神”、生と死を司る。“偉大な神”ダグダは最も力のある神のひとりとされ、ダーナ神族の指導者である。魔術を自在にあやつり、豊富な知識をもち、戦術にたけた兵士で、熟練した芸術家。母は女神ダヌ、モリガンを妻とし、オィンガス、ミディールと女神ブリジッドの父。

ダグダはトゥアハ・ディ・ダナーンの4つの神宝のひとつ、食物が満たされ尽きることがない底なしの大がまと季節を定めるハープを持つ。またダグダがもつこん棒は一方の端をひと振りすると9人の男を殺すことができ、もう一方の端をひと振りすると生きかえらせることができた。


ブリジッド(Brigid, Brigit, Bridget, Brighid)
トゥアハ・ディ・ダナーンの豊穰と詩人、治癒、家畜そして鍛冶を司る神。ダグダの娘、トゥアハ・ディ・ダナーンの王ブレスの妻である。ブリジッドは“炎の矢と力の女神”と呼ばれ、白鳥に象徴される。ブリジッドを祝う祭りはアイルランドの地方の四大祭りの一つで、2月1日に行われる。またブリジッドは火と健康の神ともいわれている。

ブリジッドの寛大さと広い心はアイルランドにキリスト教がもたらされた後、聖女ブリジットとして受け継がれた。


ブレス(Bres)
豊穰と農業の神。ブレスはフォモール族の王子エラーサとトゥアハ・ディ・ダナーンの女神エリウの息子。ブレスの妻は女神ブリジッド。

トゥアハ・ディ・ダナーンはフォモール族との平和と善意の統治を期待して、負傷したヌアダ王の後任としてブレスをアイルランドの王に任命した。しかし、暴君となったブレスの悪政により、トゥアハ・ディ・ダナーンの人々は苦しめられることになった。ヌアダが銀の腕をつけ再び王位につくと、ブレスは即座に追放され、その後復権を狙ってフォモール族を再結集し、やがてモイトゥラの2度目の戦いに発展する。


ヌアダ(Nuada, Nudd, Ludd)
トゥアハ・ディ・ダナーンの戦いの神。女神ダヌの息子でダーナ神族の王。“銀の腕のヌアダ”と呼ばれた。ヌアダはトゥアハ・ディ・ダナーンの4つの神宝のうちのひとつ、無敵の剣をもち、戦いにおいてはそれで敵を恐れさせた。

ヌアダはモイトゥラでのフィル・ボルグ族との戦いで片腕を失い、王の座をブレスに譲ったが、兄弟である治癒の神ディアン・ケヒトがヌアダに銀の腕をつけたので再び王位にかえりざくことができた。モイトゥラの2度目の戦いで死の神バロルに倒される。


ディアン・ケヒト(Dian Cecht)
トゥアハ・ディ・ダナーンの治癒と職人と医療の神。女神ダヌの息子。ディアン・ケヒトは傷を負ったトゥアハ・ディ・ダナーンの兵士のためにスレインの泉を清めた。その泉に身体を浸すと傷が癒され再び戦いに参加することができた。フィル・ボルグ族との戦いで片腕を失った兄弟の王ヌアダのために銀の腕をつくった。


オグマ(Ogma)
トゥアハ・ディ・ダナーンの雄弁と霊感、言語と学習の神。女神ダヌの息子。古代のアイルランドの文字としてつかわれたオガム文字を発明した。また戦いにおいてはたぐいまれな力をもつ兵士。


リル(Lir)
トゥアハ・ディ・ダナーンの海の神。女神ダヌの息子。


ゴブニュ(Goibniu)
トゥアハ・ディ・ダナーンの鍛冶屋と技術の神。女神ダヌの息子。ゴブニュの作った剣は常に真実をつきとめた。醸造者として優れ、ゴブニュの酒を飲んだものは永遠の命が与えられた。


オィンガス(Aengus mac Oc)
トゥアハ・ディ・ダナーンの愛と若さの神。ダグダの息子。


モリガン(Morrigan, Morrigu)
戦争と競争と豊穰の女神。ダグダの妻。トゥアハ・ディ・ダナーンの戦いの三女神(モリガン、バブド、マハ)のひとり。またモリガンは三相一体の女神でもあり、花開く豊穰の女神である「乙女アナ」、永遠に生命を生み出す「母神バブド」、幻影の女王、死母神である「老婆マハ」の三相をもつ。ときにはミュンスターを支配する女神ムーゲンとなった。

モリガンはしばしば渡りカラスとして戦場を飛び回る。モイトゥラの最初の戦いではフィル・ボルグ族と2度目の戦いではフォモール族と勇敢に戦った。
また戦いの結果と死を予言するといわれモリガンは戦いの前に死にゆくものの血のついた衣服を洗う。


バブド(Badb)
トゥアハ・ディ・ダナーンの戦いの三女神のひとり。大からすに姿を変え、“戦場に現れるからす”として知られる。戦いに参加するだけでなく、兵士に魔術をほどこし混乱を招いて戦いの結末にも影響を与える。戦場は“バブドの地”と言われる。

バブドは三相一体の女神モリガンの第二のペルソナ。夜の闇に姿を表わし血のついた衣服を洗うと言われる。


マハ(Macha)
トゥアハ・ディ・ダナーンの戦いの三女神のひとり。戦争と豊穰の神。“からす”の姿をした神で 戦場に姿を表わし、戦死するものの甲や武器を浅瀬で洗うとされる。マハは三相一体の女神モリガンの第三のペルソナ「死の相」として広大な埋葬地を統治していた。また民話に登場する死を予告する妖精バンシーや「夜の洗濯女」の前身。


ルー(Lugh, Lug)
トゥアハ・ディ・ダナーンの太陽の神、“光輝くもの”または英雄の神。黄金の髪の毛が輝き、若く強くあらゆる芸術、技能、教養に秀でた神。トゥアハ・ディ・ダナーンの4つの神宝のひとつである槍をもち“長腕の賢者”とも呼ばれる。

ルーの母は魔神の種族フォモール族の王であるバロルの娘エスニウ。父はトゥアハ・ディ・ダナーン の一人キアンであった。祖父バロルを倒すという予言があったためバロルによって海に捨てられたが、海の神マナーン・マクリルによってひそかに育てられた。ルーはあらゆる芸術の熟練者となり自ら王都タラへやってきた。ヌアダが万能の神ルーに王位をゆずると、ルーはきたるべき戦争(モイトゥラの2回目の戦い)に備え軍の指導者となった。やがてモイトゥラでのフォモール族との戦いでトゥアハ・ディ・ダナーンを勝利に導いた。

最も名が知れ、広く崇拝されているケルトの神で、ルーの名は形を変えてリヨンやロンドンの古称など、多くの都市の名前の由来となっている。また8月1日はアイルランドの地方で豊かな実りと収穫を祈るルーナサダという祭りが行われる。


エリウ(Eriu, Eyre, Eire, Eiriu)
トゥアハ・ディ・ダナーンの戦いの女神。トゥアハ・ディ・ダナーンの王ブレスの母。バンバとフォドラとともに三相一体の女神のひとり。エリウ、バンバ、フォドラはマイリージャ族がアイルランド島に侵略してきたとき、それを阻止するために勇敢に戦った。その戦いに敬意を表わし、エリウの名がアイルランドの古い名前エールEireとなった。バンバとフォドラも詩や物語の中でアイルランドの古称として登場する。


バンバ(Banba)
トゥアハ・ディ・ダナーンの戦いと豊穰の女神。アイルランド島に侵略してきたマイリージャ族を阻止するため戦った。エリウとフォドラとともに三相一体の女神。


フォドラ(Fodla)
トゥアハ・ディ・ダナーンの戦いの女神。アイルランド島を侵略してきた5番目の種族マイリージャ族と戦った。エリウとバンバとともに三相一体の女神。


マナーン・マクリル(Manannan mac Lir)
トゥアハ・ディ・ダナーンの神のひとり、海の神リルLirの息子。魔術師で呪術師、海と豊穰の神で、天気を予想し、水夫や漁師の守護神。ルーLughを含む多くの神々の里親になっている。マナーン・マクリルは漕がずとも命令どおり動く船と、着れば姿を消す上着、炎でできた帽子、必ず的を突く剣を持っていた。また彼は戦車にのって海をわたると言われる。海のかなたの「常若の国」ティル・ナ・ノーグの王で「黄金の髪」ニァムの父。


フォモール(Formorians, Fomors)
アイルランド島に最初に住んだ、醜く恐ろしい魔力をもつ巨人の一族。約800年間アイルランドで勢力をふるい、数々の侵略者たちを滅ぼした。モイトゥラにおいて、アイルランド島の主権をかけて神の一族トゥアハ・ディ・ダナーンと戦い、敗れた後海へ逃れマグ・メルでロックランという怪物として暮らしているといわれている。
フォモール族は人間に戦いを挑んだことから神話や物語の中でしばしば霧、嵐、冬、災害、不作などの自然の力に結び付けて考えられる。


テスラ(Tethra)
フォモール族の王で、海の神または来世の神。トゥアハ・ディ・ダナーンとの戦いで敗れ、その後マグ・メルを支配している。


マグ・メル(Mag Mell)
マグ・メル(喜びの島)は死者が暮らす海の底の王国。他の死の国とは違いマグ・メルは理想の島、または海の底の楽園として表わされる。この国はテスラ王によって支配され、トゥアハ・ディ・ダナーンとの戦いの後海に逃れたフォモール族が、ロックランと呼ばれる海の怪物となって住んでいるといわれる。


ダムヌ(Domnu)
フォモール族の母神。ダムヌの名前は“深海”を意味する。ダムヌの子たち(闇と悪意)とダナの子たち(光と善意)の紛争が多くの神話伝説や英雄物語の中心となっている。


バロル(Balor)
“死の神”バロルは巨人の怪物の一族フォモール族の王。バロルは一つ目の巨人で、その目はうつるものすべてを破壊する力を持っていた。バロルには自分の孫息子に命を奪われるという予言があった。その孫息子とは万能の神ルーで、やがてトゥアハ・ディ・ダナーンの王となったルーと、モイトゥラの2度目の戦いにおいて一騎討ちとなり、バロルは予言どおり倒された。





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