はるか昔の2世紀から3世紀のころ
フィアナという騎士団がエリン島(アイルランド)を侵略者から守っていました。
フィアナの首領はフィン・マックール、そしてフィンの息子は詩人のオーシンでした。
この物語はオーシン自身が語ったものとして現代まで伝えられています。


ティル・ナ・ノーグへ行ったオーシン(Tir na nog)




ある日フィンはオーシンや騎士たちとレイン湖に近い森で狩りをしていました。彼らはいつものように大西洋が見渡せる丘で休んでいました。ここでは侵略者が海を渡ってこの島にやってくるのを見張ることができるのでした。すると何者かが海を渡ってこちらに向かってくるではありませんか。それはりっぱな白い馬にのって、しかも波の上を駆けてくるのでした。フィンやオーシンや騎士たちは不思議な気持ちでそれを見つめていました。やがて陸にあがったその者はこの世の人とは思われないほど美しい乙女でした。腰までとどく金色の長い髪の毛は美しく風になびいていました。

すると乙女は、身動きできずに見ていたフィンや騎士たちのほうに近づいてきました。そしてフィンとオーシンの前で立ち止まりました。オーシンは乙女のあまりの美しさに声も出すことができませんでした。フィンは礼儀正しく話しかけました。「我々の国にようこそ。初めてお目にかかります。」するとその美しい乙女は「わたくしはあなた様を存じております。フィン・マックール様。わたくしは時折姿を隠しこのエリン島に来て、あなた様やフィアナ騎士団の活躍、そしてオーシン様を見ておりました。」

「あなた様はいったいどなたですか。どこからやってきたのですか」とフィンが尋ねました。 「わたくしの名前はニァムです。ティル・ナ・ノーグから参りました。わたくしの父はマナーン・マクリルといい、その国の王です。」

「常若の国」ティル・ナ・ノーグは西の海のはるかかなたにあり、光り輝く国で病も苦しみもない、永遠に若さを保つ理想の国でした。

「オーシン様にぜひわたくしと結婚し、いっしょにティル・ナ・ノーグへ行っていただきたいのです。」
オーシンはニァムにすっかり心を奪われ、ニァムといっしょに「常若の国」に赴くことにしました。フィンは息子が離れて行ってしまうことを嘆き、フィアナの仲間も悲しみました。オーシンはもはやニァムのこと以外考えられなくなりました。

そしてオーシンはニァムの白馬にまたがり、悲しむ父や仲間をエリン島に残し西に向かって海の上を駆けていきました。白馬は野や山を越え、波の上を越えて天空を駆けました。水の町や光の宮殿を超えやがて黄金や色とりどりの宝石で飾られた「常若の国」ティル・ナ・ノーグに着きました。

国王は2人をあたたかく出迎え、結婚の祝宴が何日も続きました。オーシンはマナーン・マクリルやティル・ナ・ノーグの人々から手厚いもてなしを受けました。オーシンは美しいニァムを愛し、2人は幸せに暮らしていました。オーシンはほんとうに夢のような楽しい毎日を送っていました。

ティル・ナ・ノーグでは時間はとてもゆっくりと流れ、やがて3年が過ぎました。オーシンは故郷のことをすっかり忘れていましたが、時折、父や仲間と楽しく過ごした日々が夢の中にでてくるのでした。飛び起きると懐かしい顔は消えてしまうのです。故郷の人々にもう一度会いたいという思いは日に日に強くなり、ある朝オーシンはニァムに言いました。「私はエリン島を離れるときの父やフィアナの友人の悲しそうな顔をいつも思い出すのです。きっと彼らも私を懐かしく思ってくれているにちがいありません。ぜひもう一度会いたいと思っているのです。私をエリン島に行かせてください。」

「どうかこの国を離れないでください。」ニァムは懸命に説得しました。「エリン島はすっかり変わってしまったのです。あなたはティル・ナ・ノーグですでに300年を過ごされたのです。お父様やお仲間はすでに亡くなり過去の人となっております。もしティル・ナ・ノーグを離れたら、あなたは二度と戻ってはこないでしょう。」

オーシンは笑いました。「まさか。私がここにきてからまだほんの数年しか経っていません。どうか1日だけでも行かせてください。私はあなたを愛していますし、すぐにかならず戻ってきます。そしてもう二度とあなたから離れることはありません。」

ニァムは行くことを許し、オーシンに言いました。「では私の白馬に乗ってお行きなさい。でもどんなことがあっても馬から降りてはいけません。けっして地面に足をついてはなりません。もし馬からおりてしまうと二度とティル・ナ・ノーグにもどることも私に会うこともできなくなります。」ニァムは悲しい目をしていました。

「わかりました。まばたきをする間にきっと帰ってきます。」

白馬はオーシンを乗せて海を超えました。雲は地平線を覆いかくし、かみなりが鳴り響いていました。エリン島にはすぐに到着しました。オーシンは父や仲間が私にあったらどんなにか驚くだろうと考えていました。

突然オーシンは立ち止まりました。狩りをしていた森はいったいどこにいったのでしょう。それになつかしい川には橋がかけられ人々が行きかっていました。そればかりか人も馬もすべて小さく、人々はオーシンを見上げて一様に驚き騒ぎました。オーシンはそばにいた少女に尋ねました。「フィン・マックールはどこにいるのですか。」「そのような名の人は聞いたことがありません。」オーシンはひどく心配になりました。そしてもう一度人々に「フィン・マックールと騎士団はどこですか」と尋ねました。人々は顔を見合わせ肩をすくめました。するとひとりの老人が言いました。「300年ほど昔にこの地でフィアナ騎士団が活躍したことや首領フィンの息子のオーシンが妖精の娘と常若の国に行ったきり帰ってこなかったという話を私の祖父から聞いたことがある。」オーシンはニァムが言ったことを思い出しました。あれはほんとうだったのか!オーシンは悲嘆にくれ、白馬を駆って父の砦のあったアレンの丘にやってきました。そこにはたしかに砦はありましたが廃虚と化して雑草が生い茂っていました。

オーシンは悲しみにうちひしがれました。
「タラの丘へ行ってみよう。あそこには上王がいて真実を私に教えてくれるはずだ。」オーシンは馬の向きを変えて北に向かいました。

タラに向かって白馬を走らせていると、途中、大勢の小さい人々が大きな板石を動かそうと懸命に働いているところに出会いました。“何て力が弱いのだろう。6人がかりでも持ち上げることすらできないのか。私なら片腕で持ち上げてみせる。”オーシンは馬の手綱をしっかり持ち馬上から身体をかたむけ、石を片手でかんたんに持ち上げました。男たちは息をのみました。しかしそのとき黄金のあぶみが切れ、オーシンは馬からおちて地面にたたきつけられました。ニァムの忠告が耳で鳴り響きました。しかしすでに遅かったのです。オーシンの若く美しい身体はみるみるうちに弱々しい老人に変わってしまいました。ニァムの白馬はすぐに走り去ってしまいました。

その光景を見た人々のひとりが大急ぎで近くの小屋に駆けこみ男の人をつれてきました。その人は聖パトリックでした。彼はオーシンを抱き上げ、小屋に連れ帰り何日も世話をしました。オーシンは聖パトリックにずっと昔に活躍したフィンとフィアナ騎士団の話をして、やがて息をひきとりました。

これはオーシンが聖パトリックに伝え、英雄フィアナ騎士団の最後の物語となりました。また黄金の髪のニァムも再びエリンの地に現われることはなく、ティル・ナ・ノーグを伝える最後の物語ともなりました。



「神話と妖精」のトップページに戻る
エールスクエアのホームページに戻る


Copyright 2005 Globe Corporation. All rights reserved.